
京都には、隠れ家的な飲食店が実に多い。この地に生まれて何十年という人でも、聞いたこともない店はいくらでもある。一見さんお断りでもないが、さりとて努めて宣伝もしない。公式サイトでも、最小限の情報しか載せず謎のほうが多い。それはたいがい、名店というのが通り相場である。
今回はその一店、「〇間」(呼称は「マ」)を紹介したい。

写真提供:〇間
お茶を「デザイン」する
この茶房が位置するのは、京都市のランドマークの1つ、東寺五重塔からほど近い京町家。100年ほど前に建てられたもので、当初は炭問屋、後に質屋となり、以降は長らく住宅として使われ、2010年代には空き家となっていた。それを現店主の酒井俊明さんが借り受け、大幅にリノベーションを施して2019年3月にオープンした。
交通量の多い車道に面しているが、店内に足を踏み入れると、ちょっとした異空間の雰囲気へと一変。一世紀前からあったと思われる調度品が鎮座し、窓から差し込む外光が、そのいかめしさを幾分和らげている。

写真提供:〇間
引き戸を開けると、廊下が延びており、吹き抜けの天井の高さにしばし驚く。廊下の両脇の飾り棚には、店で扱っている販売物が陳列されている。

メインの品は、酒井さんが「デザイン」したお茶だ。お茶をデザインするという表現は、はじめて耳にしたが、それは単に茶葉のブレンドにとどまらないからだ。酒井さんは、次のように説明する。
「どのような味にするかなど、コンセプトを立て、時にはアロマテラピストといった専門家と相談しながらお茶を作ります。店で提供するためだけでなく、企業からの依頼でパッケージのデザインやブランディングも含めて一切を手掛けることもあります。そのプロセスは設計と呼ぶにふさわしく、それでデザインという言葉を使っています」
詩的な色で表現されるお茶
こうして生まれた“デザインドティー”のパックが飾り棚に並んでいる。原材料の表記を見ると、煎茶、玉露、京番茶といった馴染み深いお茶だけでなく、セージ、カカオニブ、青山椒など意表を突くものもある。品名は、「深碧(しんぺき)」「今様色(いまよういろ)」「赤銅(しゃくどう)」といった、詩的な色を表現するものが多い。

もう1つの売り物が、茶葉から抽出したエキスのルームスプレー。玉露、煎茶、紅茶などを原料とし、「お茶のニュアンスを感じられる」香りを室内に漂わせるのに使う。

仄暗い空間に惹きこまれて
販売エリア横の引き戸を開けると、そこからは茶房空間。ピンポイントの照明とすりガラスを通した日の光だけが光源なので、うっすらと暗い。住居として使われていた頃、ここは洋間でグランドピアノが置かれていた。酒井さんは、町屋本来の躯体に近い形にいったん戻してから、今の空間へと改装した。

部屋は広くはなく、席数も少ない。酒井さんは、客数を増やして、賑やかにすることは考えなかったと話す。重視したのは、ゲストがこの雰囲気に没入できる空間づくりだ。
店主のもてなしに時を忘れて
カウンター席に陣取ると、メニューを渡された。事前準備に時間を要するため、基本的に予約を前提としている。が、当日の不意の来客向けの茶菓も用意されている。それにはデザインドティーのラインナップも含まれていたので、躊躇なくその1つ「蘇芳(すおう)」を注文する。素材は和紅茶、ローズ、ホップ。酒井さんは、茶葉の入った急須に、沸騰した湯を注いだ。

1分ほど蒸らした後、陶芸家・池田麻人作の茶器に淹れる。独特のかたちをしたこの茶器は、龍が天に昇る姿を模したものだという。ややあって、高貴な香りが立ち昇る。一口、また一口と飲む。紅茶の風味とともに、筆者の味覚がこれまで知りえなかった何かを感じる。先入観のせいでローズやホップの味を探し求めるが、それとは違う何かだ。結局、その探索は失敗に終わったが、味わいは心地よい歓喜をもたらしてくれた。

次いで注文したのは、「茶妙(さみょう)」と名のついた茶菓。同じく京都市にある和菓子店「いと達」に特別に作ってもらった薄皮饅頭に熱い玉露をかけるという趣向である。文豪の森鷗外は、ご飯の上に饅頭を乗せ煎茶をかけて食べる饅頭茶漬けを好んだというが、お茶の専門家が似たような結論に辿り着くのだから、ただの偏食ではなかったのかもしれない。

饅頭のあんこの濃い甘さを予想したが、意外とあっさり。糖度はあえて控えめにしているとのことで、玉露のうま味が生きる。あんこを溶かして、ぜんざいのようにして食べるのもおすすめだそうだ。
酒井さんとの会話も弾んで、気づくと1時間以上が経っていた。後ろ髪を引かれる思いで、喧騒に満ちた街へ出る。素敵なひとときを過ごした余韻が、冬の寒さをしばし忘れさせてくれた。
〇間
住所: 〒601-8437 京都府京都市南区西九条比永城町5-9
営業時間: 10:00~17:00
定休日: 火曜日、水曜日
ウェブサイト: https://0ma.jp
Instagram : @0ma_kyoto