JR京都線山崎駅から天王山へ向かって少し登り、ごく短いトンネルを抜けた先に、古風な建物がある。
これを建てたのは、加賀正太郎。明治から昭和の戦後にかけての激動の時代を駆け抜けた実業家の1人である。多才の人であった加賀は、この地で別荘建設に着手したのが1912年。建物や庭園の設計に自ら携わり、完成を見たのは約20年後のことであった。加賀は、これを大山崎山荘と名付けた。

提供写真:アサヒグループ大山崎山荘美術館
加賀の没後、大山崎山荘は所有者を転々とした。20世紀の終わりには老朽化が激しく、開発の波に呑み込まれようとしていた。文化的な価値の高い山荘を保存しようと運動が興り、アサヒビール株式会社(現アサヒグループホールディングス株式会社)が、京都府や大山崎町と協力し、これを私立のアサヒビール大山崎山荘美術館として再生。2023年に名称がアサヒグループ大山崎山荘美術館となり、今年で開館30周年を迎える。

本館睡蓮池 写真提供:アサヒグループ大山崎山荘美術館
東洋趣味を盛り込んだ洋風建築
加賀は、第一期工事の際、イギリス遊学中に見た炭鉱夫の家をモチーフにして山荘を建てたという。2期の工事を経て残る今の建物も、イギリスのチューダー様式の邸宅を彷彿とさせる。内部のつくりもそれらしくなっているが、ところどころ東洋趣味も見えるのが興味をそそる。例えば、タイル貼りの暖炉の金属部分には、中華風の文様や獅子が施されている。


建物は3階建ての部分と、暖炉やミュージアムショップのある平屋の部分で構成されている。展示スペースは1階と2階にあり、3階は非公開となっている。
出版文化の隆盛が生んだ作品群
筆者が訪れた1月は、企画展として「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」が開催中であった。「イマジュリィ」とは、図像を意味するフランス語。出版文化が大きく花開いた大正時代、画家やグラフィックデザイナーらは、書籍・雑誌の装幀・挿画に活躍の場を見出した。くわえて、絵はがきやポスターの世界で高い評価を受けた。描かれた絵の少なからずは、フランス発祥のアール・ヌーヴォー、アール・デコの影響を受けつつ、日本の伝統美と融合し、独特の印象を与える表現となった。そうした作品約320点が一堂に会したのが、今回の展覧会となる。
有名どころとしてまず挙げるべきは、洋画家の藤島武二だろう。1900年創刊の文芸誌『明星』をはじめ、『文庫』『文芸界』などに精力的に表紙画や挿絵を描いた。本展で展示されているそうした作品には、アール・ヌーヴォー的な雰囲気が見てとれる。

日本で最初のグラフィックデザイナーとして活躍した、杉浦非水の作品も数多く展示されている。彼は、日本初の百貨店である三越呉服店(現・三越百貨店)の通販カタログのデザインを手掛け、一世を風靡した。現代の視点でも斬新な作風には、目を見張らせるものがある。

大正ロマンの代表画家の作品も
2階に上がる階段の踊り場には、美しいステンドグラスがある。加賀がヨーロッパから取り寄せたものといわれ、それ自体が美術品としての価値がある。

写真提供:アサヒグループ大山崎山荘美術館
階段を上り切ると、喫茶室と展示室につながる空間に出迎えられる。加賀はかつて、ここに友人らを招いて、楽団の演奏のもとダンスを踊ることもあったと伝えられている。

いったん階段を降りた先の展示室には、竹久夢二の作品が並ぶ。雑誌や楽譜の表紙絵など、大正ロマンの代表画家の異なる側面を垣間見ることができる。

大正時代の乙女たちを虜にしたデザイン
加賀は、ヨーロッパ遊学中に見た蘭の花が忘れられず、帰国後は蘭の栽培に熱中した。当時は山荘に隣接して温室があり、そこには約1万株もの蘭が育っていた。
今その温室はないが、代わりに建築家の安藤忠雄が設計した「夢の箱」(山手館)という名の別棟がある。ここで展示される「イマジュリィ」はバラエティに富むものであったが、ひときわ目を惹いたのが、大正時代の絵封筒や絵はがき。いずれも図案家の小林かいちがデザインしたもので、当時の若い女性に評判であったという。
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小林かいちの絵はがきセット《二号街の女》(部分)(1925-26年頃 さくら井屋、京都)
モネの《睡蓮》に圧倒される
ここには、安藤忠雄が設計したもう1つの新棟、「地中の宝石箱」(地中館)がある。名のとおり半地下に位置し、ガラスとコンクリートに挟まれた階段を下って中に入ると、円柱形の展示室に行きつく。

そこには、クロード・モネの連作《睡蓮》のうち3枚が展示されていた。これらは、当美術館が所蔵する全8点のモネ作品の一部である。実物を見るのは初めてであった筆者は、まずその大きさに圧倒され、ついで幻想的なタッチの絵に魅入られた。

また、《睡蓮》と対面するかたちで10枚の蘭の絵が飾られていた。これらは、加賀の依頼により画家の池田瑞月が原画を描き、木版画の技法で表現された作品群である。加賀は、こうして作られた版画など104点余りをまとめ、『蘭花譜』として刊行した。もちろん、どの蘭も加賀が栽培していたものであり、蘭に対する並々ならぬ愛情が伝わってくる。

美術館は決して大規模なものではないが、建物・展示物の見どころは多く、尽きぬ魅力にあふれていた。外の敷地も、冬は椿、春は桜、初夏は睡蓮、秋はもみじなど四季折々の植栽にあふれ、心が洗われるようである。京都の中心街とはまた違う、京都ならではの文化に触れたいとき、選択肢の1つとしておすすめしたい。
アサヒグループ大山崎山荘美術館
住所: 〒618-0071 京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3
営業時間: 10:00~17:00(入館は16:30まで)
定休日: 月曜日(祝日の場合は翌火曜)、臨時休館日、年末年始
ウェブサイト: https://www.asahigroup-oyamazaki.com
Instagram: @asahibeer.oyamazaki