東海エリアのディープな発酵食文化を深掘りする「発酵ツーリズム東海」へ行ってきた(前編)

世界中の美食家はもちろん、美容や健康に関心の高い人々の間でも常に注目を浴び続けている発酵食品。東海地方といえば濃いめの味噌味など個性の強い食文化が特徴的だが、それだけではない。この地域特有の知られざる発酵食品が多々ある。そんな東海の発酵食文化をフィーチャーしたイベント「発酵ツーリズム東海」が2025年5月17日(土)〜7月13日(日)まで開催される。東海地方のディープな食を体感し、楽しみながら知的好奇心が大いに刺激されるこのイベント。現地の様子を紹介しよう。

発酵ツーリズム東海とは?

岐阜、愛知、三重。この3県を有する東海地方は、全国的にも“うまみ”調味料が最も多く集まった、一大生産地として知られている。日本の食の根幹とされる、すし文化も多様だ。それらのうまみの大部分を日々せっせと生みだしているのが、麹菌や乳酸菌など微生物たちによる発酵なのである。発酵をキーワードに食文化を紐解いていくと、その土地の歴史や気候、人々の暮らしが、深く色濃く浮かび上がってくる。まさにうまみの聖地巡礼だ。

このイベントのキュレーターは発酵を知り尽くした専門家で、多数の著書を出版し、東京・下北沢で発酵の専門店「発酵デパートメント」を運営する、発酵デザイナーの小倉ヒラク氏。実行委員長は、岐阜をはじめ東海愛に溢れ、地域を盛り上げようと奔走するNPO法人ORGANの蒲勇介氏。昔からの友人だという二人がタッグを組み、長年の思いが花開いたイベントでもある。

各県のメイン会場を、岐阜「みんなの森 ぎふメディアコスモス」、愛知「MIZKAN MUSEUM」、三重「VISON」とし、岐阜では「うまみの聖地巡礼展」、愛知では「すしの千年を巡る旅 展」という二つの展覧会を開催(入場無料)。さらに各地の酒蔵や醸造蔵、飲食店などが50軒以上参加して、100を超える特別な体験プログラムが用意されている(事前予約制)。このプログラムがどれも秀逸で興味深く、発酵を多角的に体感できるユニークなものばかりなのである。

「うまみの聖地巡礼ツアー」は何もかもが型破りだった

筆者は5月18日に行われた「小倉ヒラクと発酵新幹線で行く!うまみの聖地巡礼ツアー ~木桶と古酒が織りなす味覚のコスモス~B鵜飼ありプラン」に参加した。出発時点から既に型破りで、東京駅発新幹線の1車両を丸ごと貸し切り、お酒と発酵つまみを楽しみながら、お祭りのように大宴会を繰り広げるという、異色のツアーだった。

発酵つまみとして参加者に用意された「東海うまみ弁当」は、全て東海の食文化を物語っている。愛知・碧南地域の郷土料理「にんじんご飯」は白醤油とみりんで味付けし、おにぎりで提供。一般的に味の濃い名古屋飯のイメージを裏切る、ほんのり甘く優しい味わいだ。写真左下の茶系の漬物は三重県の「養肝漬(ようかんづけ)」。くり抜いた白瓜に細かく刻んだ野菜を詰めてたまり醤油に漬け込んだ、珍しい漬物である。戦国武将の藤堂高虎が戦に持参していたといわれ、鉄砲の筒に火薬を詰めるイメージで作られたらしい、というエピソードも面白い。岐阜・飛騨高山の山間部でおなじみの「切り漬け」は、晩秋にかぶや白菜をシンプルに塩漬けしたもの。高山の冬は極寒で、この切り漬けが貴重なビタミン源だった。昔は凍ってしまった切り漬けを囲炉裏で焼いて食べていたそうで、そのルーツから生まれた「漬物ステーキ」は現代の人気ご当地グルメだ。

写真左上は鶏肉の酒粕漬け。愛知・知多半島はかつて兵庫や広島に並ぶほど酒を醸していた地域で、酒粕を使った郷土料理が今も多く残っている。知多の酒はうまみが濃く、酒粕にもそのうまみが濃縮されており、段違いの味わい深さがある。そして何気なく添えられたポテトフライも、ただのフライではない。岐阜・長良川の鮎の熟れ鮨を漬ける時に使う、発酵したご飯をホワイトクリームにして和えてある。ヒラク氏によると、長良川の鮎は丸ごと漬けても臭みが全く出ないそうで、その理由は長良川の水がきれいなことと、鮎は植物性のものしか食べないベジタリアンだからなのだそう。鮎のうまみがじわりと染み込んだ発酵ご飯は、程よい甘みと酸味が奥深い味わいで、チーズのような複雑味もある。これが悶絶するおいしさで、夢中で食べ尽くしてしまった。

合わせるお酒は岐阜県東濃地域のクラフトビール「カマドブリュワリー」より、レジェンドブリュワーが醸したスタンダードライン「やっとかめエール」。ボディはしっかりめで余韻が長く、華やかなアロマと気持ちの良い苦味が喉を潤す。さらに達磨正宗(白木恒助商店)の3年熟成酒の1合瓶も登場。黄金色のきれいな液体はバニラかメイプルシロップを思わせ、優しい甘みがありつつ、カラメルの香ばしさとバランス良い酸で後味はすっきり。程よいうまみの余韻が心地よい。

この酒とつまみだけで十分な満足感だが、さらに輪を掛けてすごかったのは、長良川の鵜飼を観覧する遊宴文化から着想を得た宴の催しだ。本物の舞妓さん芸者さんを新幹線車内に呼び、歌や踊り、お酌など、お座敷遊びが繰り広げられたのである。これは今回のツアーと25日の愛知ツアーだけの限定だが、遊宴文化の一端を知ることができた。もしご興味あらば、本場の長良川の鵜飼観覧船で体験してみてはいかがだろうか。

岐阜のメイン会場は伊東豊雄設計の複合施設

名古屋駅から大型バスで、メイン会場である「みんなの森 ぎふメディアコスモス」へ。市民活動交流センターやスターバックスのカフェ、図書館などが一体となった、2015年に建てられた複合施設である。設計は伊東豊雄。建築界のノーベル賞ともいえるプリツカー賞をはじめ世界的な数々の賞を受賞し、国内外で多くのプロジェクトを手がける、日本を代表する建築家の一人だ。この建物は外観からユニークで、なだらかに波打つような独特の屋根のフォルムが印象的である。自然が多く、山に囲まれた岐阜の街の景観との調和を感じさせる。

展示は1階の会場で行われているが、せっかくなのでエスカレーターを上がって、2階も覗いてみよう。2階部分は岐阜市立図書館として利用されている。何よりもまず、天井のつくりが圧巻だ。細い木材を組み合わせて格子状に重ね、ここでも波打つように緩やかなカーブを描きながら、不規則にリズムを奏で、天井一面を覆うように空間が広がっている。

天井からは時々、巨大なキノコのようにニョキッと傘が生えていて、不思議な浮遊感がある。半分透けて発光しているようにも見え、ほのぼのとした柔らかな光に癒される。「グローブ」と呼ばれるこの傘は、各傘ごとに模様が違い、その下にはそれぞれ違うブースがあって、自然とパーテーションのような役目も果たしている。天井の木材は岐阜県産の東濃ひのきが使われているそうで、デザイン的な美しさだけでなく、建物の構造としての役割も担っている。この空間を体感するだけでも訪問の価値がある。

展示会場では「うまみの聖地」を深くリアルに紹介

さて話を戻して、「うまみの聖地巡礼展」の展示の様子を紹介する。
エントランスでは発酵のものづくりの様子の映像が流れ、次の部屋では全国47都道府県の代表的な発酵食品がずらりと展示されている。

一つ一つには写真と丁寧な説明、どうやってつくるか、どうやって食べるか、食べられている地域と微生物の種類などが細かく記されている。そして実際の発酵物が置かれ、ヒラク氏の手書きコメントが添えられている。中には絶滅寸前の発酵食もあり、現地で手に入らないためにヒラク氏が手作りしていることも。ちょっと個性的な発酵食品は蓋付きの容器に現物を入れてあり、開けて自由に匂いを嗅げるようになっている。

実際に発酵しているため、強烈な匂いのものもあるのだが、勇気を出して、ぜひ蓋を開けて試してみて欲しい。多様で深遠な発酵の世界の一端にリアルに触れることができるだろう。

もう一つの大きな部屋は、東海の発酵食が一同に集まっている。豆味噌、たまり醤油、白醤油、みりん、赤酢などの調味料から、多種多様なローカル寿司、漬物まで。他の地域ではあまり見かけない、東海独自のレアな食文化が興味深い。とにかく情報量が多く、説明をじっくり読んでいると日が暮れてしまうので、時間に余裕を持って行くことをおすすめする。ヒラク氏もちょくちょく顔を出しているようなので、運が良ければ本人からレクチャーを受けられるかもしれない。

展示会場を出たところには、東海のものを中心に集めた展覧会オリジナルショップがある。展示で見た発酵食品の一部は、ここで購入して実際に食べてみることができる。展覧会の図録といえるガイドブックもおすすめだ。東海の展示品全ての説明が掲載されており、東海エリアで訪ねておきたい発酵にまつわるショップやレストランなどの情報も載っている。

「発酵ツーリズム東海」は、メイン会場の展示はもちろんマストで抑えておきたいのだが、各地で開催される多種多様な発酵体験プログラムにも大きな魅力がある(HPで全プログラムを閲覧・申し込みできる)。自分で実際に醸造蔵を訪ねて蔵元の話を聞いたり、醸造家や料理人と一緒に発酵食をつくったり味わったりすることで、一層深く発酵文化を知り、地域と多面的に関わることができるのだ。

次回は、プログラムの中で筆者が訪ねた醸造蔵などを紹介する。

発酵ツーリズム東海2025
https://tokaihakko.net/
会期:2025年5月17日(土)〜7月13日(日)

メイン会場
岐阜会場:みんなの森 ぎふメディアコスモス(岐阜県岐阜市)
愛知会場:MIZKAN MUSEUM(愛知県半田市)
三重会場:VISON(三重県多気郡多気町)

プログラム体験会場
東海3県各地の発酵食品・酒類の醸造蔵、飲食店 ほか

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Kaori Ezawa

ライター、エディター、プランナー。食や旅、クラフト等を中心に雑誌、WEB、広告等で執筆。企業や自治体等と、観光促進コンサル、地域の文化を深掘りするツアー開発なども行う。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』(マイナビ)等。

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