マドモアゼル・ユリアの 【語るキモノ】 Vol.1 東京都庭園美術館

DJとしてファッションシーンで活躍しながら、着物のプロデュースも手掛けるなど多彩な顔を持つマドモアゼル・ユリアさん。アートや建築にも精通したユリアさんが、お気に入りのスポットを訪ね、その場面と響き合う着物のコーディネートを語る連載。第1回は、20世紀初頭の名建築「東京都庭園美術館」へ。開催中の「YUMEJI展 大正浪曼と新しい世界」と、アール・デコ建築からインスピレーションを得た装いをお目にかける。

ウォールナット材が琥珀色に艶めく1階大広間では、幻の名画《アマリリス》を初公開。格子状の縁に40個もの円形照明が整然と連なる天井のデザインも圧巻

アール・デコ様式の栄華が宿る品格の邸宅

門扉から緑に包まれた長いアプローチを抜けると、静謐なオーラを湛えた建物が現れる。丸く張り出した出窓やエントランスのアーチが洒脱な造形美を添える

美術館を訪れる目的は、主に展示されているアートの鑑賞がメインである。だが、建物そのものが作品に匹敵するといっても過言ではないのが「東京都庭園美術館」だ。というのも、この館は公共施設として設計されたものではなく、かつての皇族「朝香宮家」の私邸として昭和8年(1933)に誕生。パリに滞在中の朝香宮鳩彦(やすひこ)王と允子(のぶこ)内親王が、20世紀初頭の欧州を席巻した「アール・デコ博覧会」に魅了され、その息吹を微に入り細に入り注ぎ込んだ。

館を象徴する正面玄関では、ガラス工芸家ルネ・ラリック制作による「翼を広げる女性像」に出迎えられる。4体の女性像は、一点ずつ型押ガラス製法で作られたもの。天然石を用いた床のモザイクも見事

「日本におけるトップ・オブ・トップを熟知していた両殿下。そんなスーパーセンスのよいお二人が、パリの最先端の芸術に刺激を受けて情熱を注いだ建築空間は、和洋の美意識の極みが融合。たちまち虜になりました。幾度となく訪れても、心に響く発見があります」と語るユリアさん。まずは、その類稀な邸宅を巡りながら、その魅力に迫った。

階段下を利用した来客用の洗面スペース。ガラスのレリーフや大理石の洗面台、鏡のフォルムから照明に至るまでセンスが宿る

邸宅は1階と2階とで、目的を異にする。1階は客人を招く想定で応接室や広間、大食堂などを配置。それぞれの部屋には、アール・デコを牽引したルネ・ラリックやアンリ・ラパンのダイナミックな作品が華やぎを添え、それを際立たせるように宮内省内匠寮(たくみりょう)の精緻な技が冴えわたる。なかでも、1階の南側の庭に面した大客間は、邸宅の中でもアール・デコの真髄が凝縮する空間。漆喰仕上げの天井にも幾何学的な意匠が施され、壁にはアンリ・ラパン直筆による油彩が施されている。

1階の大客室。銀引きフロスト仕上げのエッチング・ガラスを嵌め込んだ扉やルネ・ラリックによるシャンデリア《ブカレスト》も、まるでアートのよう。 画像提供:東京都庭園美術館

「大客室には宮内省内匠寮の方々の創作の心意気が随所に宿ります。海を渡らずして、パリで開花した“アール・デコ”を調べながら創作しているため、細部をよく見ると和の要素が感じられる点も惹かれます。ラジエーターカバーや換気口などは、部屋ごとにデザインが異なって隠れた見所のひとつ。贅を尽くしながらも、そこはかとない品のよさが漂い、圧倒的なセンスのよさを感じます」(ユリアさん)

大客室から続く大食堂は、数々の賓客たちが集った来客用の食空間である。暖炉の上を飾る壁画のみならず、空間設計においてもアンリ・ラパンが趣向を凝らした。庭園を望むように大きく弧を描く張り出し窓や、深淵な光を湛えたレオン・ブランショによる壁面など、ため息が出るような優雅さと異次元の開放感に満ちている。

大食堂の内装設計や壁画はアンリ・ラパンによるもの。ルネ・ラリックの照明《パイナップルとザクロ》が、曲線を描く天井の力強いアクセントに。火を司る暖炉カバーに、あえて魚という水のモチーフを用いた趣向も洒落ている

果物をモチーフにしたルネ・ラリックの照明と、画面上部に葡萄を配した夢二の作品《憩い(女)》(昭和初期 絹本着色 夢二郷土美術館蔵)が響き合う

壮麗な1階に対して、2階は家族のプライベートな居住空間として設計されている。大階段を登りきった踊り場に家族が団欒する広間を据え、その周りを書斎や子ども部屋、寝室やサンルームが囲む。広間の翡翠色の壁面は、コテなどの道具による抽象的な模様づけが施され、左官職人による精緻な技に目が引き寄せられる。ユリアさんが特にお気に入りだという青海波と千鳥のラジエーターレジスターもこの広間の密かな存在感に。宮家の住まいだった時代には、ピアノが置かれていたという。造り付けのソファで寛ぐ家族団欒のひとときに、どんな音色が奏でられたのだろうか。

大階段から繋がるように宮内省内匠寮によってデザインされた広間。暖房器をカバーするラジエーターレジスターには、日本の伝統文様が

モノトーンの大理石を市松模様に配したベランダもユリアさんのお気に入りスポット。朝香宮殿下と妃殿下の居室からのみ出入りできる、夫婦専用の空間だった。 画像提供:東京都庭園美術館

ステンドグラスの照明が邸宅の追憶を仄かに照らすよう

モダンな縞の紬に耽美なスパイスを散りばめて

《アマリリス》(1919 (大正8)年頃 油彩、カンヴァス 夢二郷土美術館蔵)に心奪われるユリアさん

取材に同館を訪れた際は、竹久夢二の生誕140年を記念した『YUMEJI展』が開催されていた。新たな文化が幕開けた大正浪漫の名画の数々が、躍動する時代の記憶を宿したアール・デコ建築の空間と絶妙に溶け合う。ホワイトキューブの美術館では叶わない、同時代の芸術と建築の親和性が幻想的な空気を醸していた。長らく所在不明で幻の名画と謳われた《アマリリス》を筆頭に、欧米各地を巡った際に描かれたスケッチブックも初公開。世界の情勢や価値観が激動する20世紀前半のなかで、独創的なスタイルを築いた竹久夢二の美学を堪能することができる。

作品《アマリリス》に描かれた女性のイメージを、軽やかな初夏の装いで表現

「夢二の描く美人画は、着物をコーディネートする上でもとても参考になります。柄や色合わせに当時のモードな感性が息づいており、ハッとするような発見も」と語るユリアさんが、今回のコーディネートで綴った物語は、展覧会の主役ともいえる油彩画《アマリリス》から想起。描かれている女性は、藍色を基調とした太い縞模様の着物に、鮮やかなターコイズブルーの帯を合わせた絶妙な配色である。全体的に奥ゆかしい印象ながらも、半衿や帯締めに効かせた真紅が、アマリリスの花と呼応している。そんな艶やかな女性像を直接真似るのではなく、ユリアさんなりに季節や建物との親和性も加味しながら、夢二の甘美な世界観を構築。

「朝香宮両殿下のモダンな感性にイメージを寄せながら、大正レトロな夢二の世界観を敢えて現代のきもので表現することで、新たな面白さが生まれると考えました。大正時代は洋風なものに憧れた時代、そのスピリッツを抽出し縞のきものも洋服感覚の軽やかな細縞をセレクトしました」(ユリアさん)

高めに結い上げたヘアスタイルも《アマリリス》の女性に寄せたそう。燕を意匠化した透かし模様の簪に、モダンさと季節のメッセージを託して

厳選した細縞の紬をさらに洋風なイメージへと昇華させるのが、綸子地に百合や桔梗など夏の花々を染めた瑠璃色の帯だ。「5月の終わりから6月の夏単衣にしか絞められない季節限定の贅沢な染め帯は、母が私のために誂えてくれたもの。家族のエピソードを一緒に纏えることも、着物ならではの醍醐味ではないでしょうか。大正時代のムードをさりげなく表現するために、帯揚げや草履にワインレッドの差し色を加えました」と、コーディネートに込めた思いを語る。

帯周りのコントラスが鮮やか。艶めくベルベット素材の草履もレトロな印象を醸して

「どちらにしようかと迷って」と、ユリアさんがもう一本用意してくれた帯は薔薇を織り出した大正期の帯。黒い部分はベルベットのように起毛している。アール・デコ調の華奢なパールの帯留めをアクセントに

一方、帯留めや簪(かんざし)には、美術館に散りばめられている意匠からインスピレーションを得ている。

「訪れる美術館や展示さている作品、季節を考えながら、どんな物語を着物の装いで綴ろうかと考えるのは至福の時間。直接的にモチーフを合わせるのではなく、色や文様に秘めた意味、素材のもつイメージなどが、見る人にとっても想像力を膨らませます。目に見えるものが全てではない、という奥ゆかしさこそが、着物ならではのクリエイティビティといえます」

大正浪漫とアール・デコ様式のフュージョンを、独創的なセンスで装ったユリアさんの “語るキモノ”。細部に至るまで鑑賞していただきたい。

書斎に隣接した書庫にて。仄暗い空間から浮かび上がる絵画とそれを鑑賞するユリアさんの佇まいは、まさに“陰翳礼讃”の極み

MADEMOISELLE YULIA
(マドモアゼル・ユリア)

10 代から DJ 兼シンガーとして活動を開始。DJ のほか、着物のスタイリングや着物 教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活躍中。2023年には友人と着物ライフをお洒落に彩るブランド【KOTOWA】を立ち上げる。YOUTUBE チャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
OFFICIAL SITE :https://yulia.tokyo
Instagram : @MADEMOISELLE_YULIA

今回訪れた場所はこちら
東京都庭園美術館
住所:東京都港区白金台5-21-9
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.teien-art-museum.ne.jp

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Natsuko Okada

広告制作会社・出版社の写真部門を経て、(株)Studio Mug を設立。和の文化・ファッションを中心に、マガジン、広告問わず活動中。ライフスタイルから派生するジャンルの撮影を得意とする。2019年より写真専門学校で未来のフォトグラファー育成の講師を担当

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