DJとしてファッションシーンで活躍しながら、着物のプロデュースも手掛けるなど多彩な顔を持つマドモアゼル・ユリアさん。アートや建築にも精通したユリアさんが、お気に入りのスポットを訪ね、その場面と響き合う着物のコーディネートを語る連載。第7回は、彫刻家・朝倉文夫のアトリエ兼住居を訪れた。下町らしい軽快な雰囲気と都会的な着こなしが溶け合うユリアさんの着こなしと合わせてご覧いただきたい。
ユリアさんとの対比でいかに巨大かが見受けられる「小村寿太郎像」。
前衛的アトリエと数寄屋建築の対比を愛でる館
1枚目:1階寝室から中庭を眺める。
2枚目:アトリエの屋上から、庭を囲むようにコの字型を成す居住空間を臨む。
無類の彫刻好きというユリアさんがプライベートでも訪れるのが、彫刻家・朝倉文夫の“美の殿堂”と呼べる「朝倉彫塑館」だ。同氏が明治40年(1907)に東京美術学校を卒業した24歳のときにアトリエ兼住居として建てられたのち、増改築を重ね昭和10年(1935)に現存する形となった。屋上庭園やサンルームを備えたコンクリート造のアトリエと、数寄屋造を極めたコンパクトな居室空間のコントラストを行き来すると、まるで時空を超えるかのような感覚を体感できる。
「どちらの空間もとても魅力的!訪れる度に朝倉さんの美意識を発見でき、何度も足を運んでしまいます」と心躍るユリアさん。
壁を黒く塗装したモダンなファサードも当時はアバンギャルドだったとか。ユリアさんが纏うコートは、友人と立ち上げたブランド「KOTOWA」の新作。
アトリエに足を踏み入れて圧倒されるのは、3 m 78.5cmにも及ぶ「小村寿太郎像」さえも難なく展示できる天井の高さだ。芸術家のアトリエは光が安定する北側にだけ窓を設ることが通例だが、朝倉のアトリエは北、東、南の3方位から採光を得られるように設計。加えて、自然光による陰影を和らげるため、天井から壁にかけて曲線を描くようにデザインされている。さらに、大きな作品を手がけるために、この時代には珍しく電動昇降台までも設置。地下7.3mの深さまで降下するため、過去には高さ4m以上もの立像を手掛けたこともあるという。
天井高はなんと8.5m。寄木張りの床から照明デザイン、瀟洒な窓など、どこを切り取っても芸術家ならではのこだわりが宿る。
アトリエの隣室へ移ると、そこは床から天井までいっぱいに書籍が埋め尽くされた書棚が。「映画『美女と野獣』のなかで、壁いっぱいの書棚から梯子を使っての本をとるシーンを見て以来、こんな書斎にずっと憧れていました」と、ユリアさん。次の部屋へと続くトンネルのような引き戸を抜けると、その先は一気に和の空間へと転換。
高い天井までびっしりと本が埋め尽くす書斎はユリアさんの夢の空間。
巨石や池を配した純和風庭園を眺めながら廊下を進むと、木造の住居棟へと至る。この日本庭園は朝倉の構想に基づき、造園家・西川佐太郎が完成させたもので、四季折々の風情を魅せる。また、1階住居の壁は藁を塗り込んだ野趣あふれる風情を演出、客間として用いられた3階の「朝陽の間」には、なんと瑪瑙(めのう)を塗り込んでいる。床の間だけでなく、天井板や長押しに至るまで、名木がふんだんに使われている美しさに「素材にこだわるのは、彫刻家ならではの発想ではないでしょうか」と心を奪われていた。
1枚目:昔ながらの波打つ硝子戸からは庭ごしにコンクリート造のアトリエ棟も眺められる。
2枚目:2階の「素心の間」からアトリエを眺める。上部は黒、下部は白く塗られ、きっぱりとした外壁のコントラストにモダンな感性が光る。
3枚目:「素心の間」の黒い砂壁に、染め付けの磁器の壺が映える。
1枚目:天井に神代杉の貴重な材を用い、贅を尽くした「朝陽の間」。
2枚目:瑪瑙壁は、朝の光を受けて仄かに輝く。
最後に訪れたのは、屋上緑化の初期の例として伝わる屋上庭園だ。ここでもユリアさんは「スクラッチタイルがクラシックな表情を添えて素敵ですね」と、建物のディテールに目を留める。オリーブの大木が通年を通して瑞々しい常緑を映す屋上庭園からは、谷中を見晴らすことができ、ここが都会の街中である事を忘れさせる。
植栽に限らず野菜なども植え、園芸は芸術家の素養として不可欠のものと考えていた朝倉は、かつて朝倉彫塑塾の園芸実習の場として利用。そのため温室まで設け、塾生には園芸を必修科目としていた。自著『彫塑余滴』にも「園芸を正科にしている目的の第一はこの勘が彫刻家に必要だからである。併し(しかし)勘は何の仕事にも必要なものであることは勿論である」と、その思いを書き残している。
1枚目:夏にはトマトや茄子なども実をつける菜園。この日は秋の薔薇がほころび、ユリアさんの訪問を歓迎。
2枚目:屋上に作品『砲丸』(大正13年(1924)発表)を据えるなど、建物に彫刻家らしい遊び心が感じられる。
館の主人へ敬意を表したクリスマスの装い
館内のいたるところに展示された猫の彫刻を人目に触れない襦袢で楽しんだ。
ユリアさんがこの日のために選んだきものは、織部格子の十日町紬。「谷中から上野の下町風情を散策する気分で、畏まりすぎず軽やかな格子柄を選びました。」
カジュアルになりすぎないようにと心がけたのは、朝倉文夫と同時代を生きた染色家・皆川月華(みながわげっか)の生地から誂えた洒脱な帯合わせである。友禅染に洋画の手法を応用した独特の技法で描かれた聖書に登場するモチーフが、クリスマスを彷彿とさせる。また、着こなしを艶やかに見せる鍵として、ヘアスタイルも大切な要素と語る。「サイドにはりを出した和髪を今様にアレンジしていただきました」とユリアさん。髪飾りのセレクトに至るまで想いが込められ、“美は細部に宿る”という哲学が館の主人である朝倉に通じるようだ。
1枚目:お太鼓にはヤギを配した図案がクリスマスを象徴。
2枚目:帯留には松ぼっくり。前帯にはアダムトイブが描かれている。
3枚目:髪飾りは櫛笄(くし・こうがい)をセットで用いず、笄だけで洒脱なスタイルを演出。
スモーキーな格子柄の紬に、クリスマスを彷彿とさせる要素を少しずつ重ねて。
MADEMOISELLE YULIA
(マドモアゼル・ユリア)
10 代から DJ 兼シンガーとして活動を開始。DJ のほか、着物のスタイリングや着物 教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活躍中。2023年には友人と着物ライフをお洒落に彩るブランド【KOTOWA】を立ち上げる。YOUTUBE チャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
OFFICIAL SITE :https://yulia.tokyo
Instagram : @MADEMOISELLE_YULIA
◾️今回訪れた場所はこちら
台東区立朝倉彫塑館
住所:東京都台東区谷中7-19-10
電話:03-3821-4549
Webサイト:https://www.taitogeibun.net/asakura/