【OFF THE RECORD】# 6: NEAR MINT TOKYO / NIKEMERIO 経堂

東京でのナイトライフとして近年ポピュラーな選択肢となってきているリスニングバー。仲間と気軽に訪れられて、リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、ミレニアル世代を中心にますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、物語にスポットライトを当て、さまざまな場所を紹介していく。

第6回は、経堂のNEAR MINT TOKYOへ。「リスニングレストラン」という新しいスタイルを掲げる店だ。

静かな住宅街として知られる経堂だが、近年、隠れた名店が点在する街としても評判を高めている。そんな経堂駅から商店街を少し歩いた先に、NEAR MINT TOKYOはある。音楽と料理への情熱を持つ多才なシェフ、渡辺 優(わたなべ まさる)氏が経営するこのニューアメリカンレストランは、独創的なフュージョン料理とそれに合うドリンク、そして体験を彩る最高のサウンドを提供する。

経験が織りなす物語

大学卒業後、4年間フランス料理のシェフとして修業を積んだ渡辺氏は、2008年にニューヨークの食と音楽文化に没頭するため渡米。1年後、「音楽と食の融合」というビジョンを胸に帰国し、Blue Note Tokyoに入社。系列のラウンジやカフェ、メキシコ料理店で多様な業態を経験する。

2015年、再びニューヨークに戻ると、現地でリスニングバーを立ち上げようとしている日本人と知り合い手伝うように。その際、ハイクオリティなサウンドシステムで音楽を聴き、衝撃を受けた。聴き慣れた曲さえも、まったく別物に聴こえたのだ。そこからの5年間で、音響機材の知識をどんどん吸収していった。結局、リスニングバーをオープンさせる前にCOVID-19のパンデミックにより帰国を余儀なくされてしまうが、その頃には店づくりのビジョンはかなり明確になっていた。

帰国後、渡辺氏が次に扉を叩いたのは、バー業界では知らない者はいない有名店「SG club」。キッチンで働きながら、カクテルの知識を深めた。これらすべての経験がタペストリーのように織り込まれ、NEAR MINT TOKYOは作られた。

旅と人とのつながりが作る空間

経堂という場所に決めたのは、友人に勧められたRaw Sugar Roastというコーヒーショップを訪れ、近所を散歩した時のこと。穏やかでありながら個性的な個人店も多く、理想的な場所だと感じた。

内装のコンセプトは、アメリカとヨーロッパの融合。ヴィンテージ家具やダイナースタイルのカウンターは、素朴で気取らない雰囲気を生み出している。 これは、NY滞在中に訪れたレストランに見られた、インダストリアルな空間にヨーロッパ調の家具を組み合わせるスタイルを参考にしているという。店内の家具は自ら大阪や福岡を巡って選んだもの。ドライフラワーは、豪徳寺にある友人の店8 ½(ハッカニブンノイチ)で購入した。あらゆる要素が、渡辺氏の旅や人生で出会った人々へと繋がっている。

「NEAR MINT TOKYO」という店名は、中古レコードのコンディションを示す「ニアミント」=「最高コンディション(MINT)に近い状態」という言葉から来ている。新品同様ではないが、状態のいいヴィンテージを意味するこの言葉は、レコード、インテリアといった要素ともマッチしている。

「僕の中では、自分が10代だった90年代の東京が今でも東京のイメージなんです。インターネットがこれほど普及していなかったから、現場に行かないと情報が得られなかった。だからこそ、共通の興味を持つ人と繋がったり、別の興味と繋がったりしやすかった。今の若い世代にも、色んな人と話して、点と点が線になる感覚を経験させてあげたい。この店が、そんな『ニアミントな90年代のTOKYO』を体験できる場所になったらいいな、と思っています。」

店名に込められた意味を尋ねると、渡辺氏はそう答えた。

会話を大切にするサウンドスケープ

天井から吊るされたヴィンテージのJBL 4320スピーカーは、外からでも目を引く。しかし、この空間を真に特徴づけているのは、温かくクリアで力強いサウンドだ。McIntosh製アンプでチューニングされた音楽は、BGMとして心地よさを支え、決して会話の邪魔をしない。

渡辺氏が目指したのは、音楽が会話と同じくらい自然に感じられるレストランだった。

「バーと違い、レストランは食事と会話を楽しむ場所です。スピーカーの前に座っていても、心地よく話せる音質でなければないけません」

その結果、子供連れから犬を連れた客まで、誰もが肩肘張らずカジュアルに訪れられる空間が生まれた。

料理のオーダーが入っている時は衛生面に考慮し、あらかじめセレクトしたプレイリストを流しているが、ラストオーダー後にはアナログレコードを流すこともあるという。ニューヨークと日本で集めた約500枚のコレクションは、ラテンジャズ、ブラジル音楽、モダンソウル、ゴスペル、ファンク、アンビエント、ヒップホップなど多岐にわたり「メジャー曲ではないが、それに匹敵するほどのいい曲やレア盤を置いています」と渡辺氏は熱を込めて語る。

自由なニューアメリカン料理で世界各地の味をミックス

日本ではアメリカ料理というと、ハンバーガーやホットドッグを想像する人が多い。しかし、実際のアメリカのフードシーンは常に進化しており、バリエーションにも富んでいる。

「ニューアメリカンは、すでにアメリカでは定番とも言えるほどポピュラーなジャンルなんですが、日本ではあまりお店がないんですよね。こんなに美味しいのだから、もっと知られてもいいんじゃないかと思いました。」

渡辺氏がニューアメリカンに引き込まれたのは、ニューヨークのシェフ、ジャン・ジョルジュのレストランに訪れたときのこと。フレンチの技法をベースに、アジアや中東の味を融合させた自由な発想に衝撃を受けた。

「最初にアメリカに行った時に彼のレストランを知ったのですが、料理だけでなく、それに合わせたワインや内装、スタッフの制服まで世界観が統一されていて、かなり影響を受けました。自分自身も、料理、音楽、インテリアやファッションなど様々なことに興味を持っているので、それらを生かした店づくりをしたいと思うきっかけにもなりました。」

NEAR MINT TOKYOでは、フランス、ラテンアメリカ、中東の要素を融合させた、独創的な旬の料理が提供される。一番人気は『イカ墨のフライドニョッキ』。イカ墨をニョッキに練り込んで揚げたもので、おつまみ感覚で気軽に楽しめる一品だ。白ワインやオレンジワイン、オリジナルビールなど、何と組み合わせても不思議としっくりくる。

ビール会社と共同で開発したオリジナルビール『NMT beer』は、パッションフルーツのような香りを持つネパールの山椒、ティムールペッパーを使った華やかで個性的なスパイスビール。この他、国産ジンも豊富に扱っており、料理の楽しみ方の幅を広げてくれる。

「料理も、ドリンクも、音楽も、鮮烈な導入部、中盤、そして余韻の残るフィニッシュというパートで構成されているんですよね。僕は料理をするときでも、フレンチに中東やアフリカのスパイスや調味料などをミックスして楽しみたくなる。音楽も、一定のジャンルに絞らず関連するニュアンスがあるものを繋げて流すのが好きなんです。」

音楽とクリエイティブな繋がりが生まれる地下の拠点

もうひとつの特徴が、NIKEMERIOと呼ばれる地下のスペースだ。レストランの下にひっそりと隠されており、シークレットクラブに迷い込んだかのような感覚になる。バンカーのようなこの部屋には、パワフルなオーディオシステムが備えられ、壁とアートワークは赤い光に照らされている。レストランとは対照的な、アンダーグラウンドな雰囲気だ。

インスピレーションは、地下室が集いの場となることが多いアメリカでの経験からだ。

「当初は物置にしていたのですが、オーディオ機器が増えるにつれ、もう一つサウンドシステムを組めることに気づいて、地下室を改修したんです。」

空調の関係で夏のイベントには向かないが、涼しい季節にはライブや映像上映が行われたり、ドイツ人DJがプレイしたこともあるそうだ。InstagramでNEAR MINT TOKYOを知り、直接問い合わせが来たのだという。海外のフォロワーも多く、チリやアメリカからわざわざ訪れる客もいるという。渡辺氏は、今後も様々なイベントを行っていく予定だと話す。

NEAR MINT TOKYOでは、音楽、料理、ドリンクが一体となって一つの体験を生み出し、それぞれが互いを形づくって高め合っている。渡辺氏の長年にわたる旅、学び、そして人との繋がこの空間は、単なるレストランではなく、文化やアイデアの交差点であり、人々が集まり、分かち合い、ともに発見する場所なのだ。

NEAR MINT TOKYO
住所:〒156-0051 東京都世田谷区宮坂3-19-1
Instagram:@near_mint_tokyo_

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Vince Lee

オーストラリア出身、東京在住。世界がどのように形作られているかに好奇心を持ち、過去や未来について考察を巡らせている。文化、音楽、自然に興味を持ち、レコードバー、美術館、海や山で時間を過ごすことを愛す。

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