日本にはコーヒーの生豆から自家焙煎を探求し、その魅力を最大限に引き出す手段としてハンドドリップ方式を貫く珈琲店がある。そこで、気骨ある店主のコーヒー哲学もスパイスとなった、とっておきの一杯を巡る連載をお届けしたい。第8回は、成田空港に向かう沿線上の千葉ニュータウンエリア。この地に根を張った、穏やかで気骨を携えたコーヒーと出合った。

PROFILE
髙橋由佳(たかはし ゆか) 1988年生まれ、千葉県出身。「Cafe Sucre」を経て、大阪「kaicocafe」の立ち上げに携わりながら、神戸「LANDMADE」で焙煎の腕を磨く。SCAJ主催 によるジャパン ハンドドリップ チャンピオンシップ(JHDC)2015で優勝。2020年10月に、千葉ニュータウンにて「muni coffee」をオープン。
コーヒーで奏でる音楽のような一杯
東京都心から電車で約1時間、さらに整然と建ち並ぶ商業施設やマンション群をタクシーで抜けること7分。国道189号沿いに、周囲と一線を画すブリティッシュカントリー調の「つくしファームヴィレッジ」へと辿り着く。無機質なニュータウンに、コージーなノスタルジーを灯したような建物には、フラワーショップや焼き菓子店と並び、2020年10月にオープンした「muni coffee」が看板を掲げている。



平屋建てのヴィレッジはオープンテラスを共有する開放感のある造り。
フォレストグリーンの木の扉を開けると、髙橋由佳氏が笑顔で迎えてくれた。この連載初となる女性のコーヒー侍である。小柄で華奢な印象に反して、機敏に動き回る様子に心地よいリズムを感じる。「まずは、コーヒーを一杯いかがですか」という申し出をありがたく受け止め、店名を冠したシグネチャー「muni blend」をオーダー。



手描きのメニューやポップから、気取りのない温かさが伝わる。
オーダーが入ると、豆を量りフジローヤルの「みるっこ」へ投入。サンイエローのコンパクトなグラインダーは、愛らしい見た目ながら凝縮挽きの速さや粒度の美しさ、静音動作を兼ね備えた業務仕様の精度を誇る。ドリップケトルは「kaico」。お洒落なデザインでありながら、ジャパン ハンドドリップ チャンピオンシップ(以下JHDC)2015で優勝した際のパートナーだ。「重量感のあるケトルなので、手元がブレないのが特徴。お湯もまっすぐ落ちて湯切れもいいため、最初にコーヒーを蒸らす際に思い描いたとおりにお湯を注ぐことができます。それがハンドドリップにとって、とても重要なんです」と髙橋氏。


カラフルな差し色に髙橋氏の個性が光る。2枚目のドリップケトルは、数々の名プロダクトを生んでいる小泉誠のデザイン。
まずは、ドリッパーの最も深い中央にお湯を注ぎ、ひたひたと均一に含ませながら豆を開かせる。むっくりとした膨らみがおさまってきたら、次の一湯を。円周を広げず、コーヒーが奏でる息遣いを見極めながら、それを数回繰り返す。「一番だしをとるように、膨らみの圧力でジワっと抽出するイメージです」と、流れる手つきで話すうちに200ccの香り豊かなコーヒーがサーバーを満たした。


「さまざまなメーカーのものを試すなか、コーノ式ドリッパーがコクと甘さを表現するのに適しています」と一家言。
テイクアウトカップに注がれた「muni blend」を、まずは一口。軽やかなのに存在感があり、後味はすっきりして何杯でも飲めそうな印象だ。ハウスブレンドで目指すことは、誰にでも飲みやすく、自宅でもドリップしやすく、冷めても美味しいという三拍子。豆の配分を具体的に伺うと、「ナチュラルな華やかさのあるブラジル産をベースに、コロンビア産で厚みのある和音を奏で、インドネシア産で重低音を響かせる感覚です」と、絶妙な三重奏のプロフィールを教えてくれた。まるで音楽を奏でるようにコーヒーを語る。


立地的に車で来店する人が多いため、あえてテイクアウトカップで提供している。
実は、千葉出身のミュージシャン「ゆうなみ」と、音楽とコーヒーのコラボレーションも行う髙橋氏。「ゆうなみ」が作詞作曲を手がけた成田空港のテーマソング『空と緑が結ばれる場所』をイメージしたブレンドも販売。浅煎りのエチオピア産の豆で澄み渡る広い空を、深煎りのブラジル産で大地を、その間を結ぶ飛行機を中煎りのパプアニューギニア産の豆で表現したそうだ。

「ゆうなみ」と「muni」のコラボレーションブレンド「空と緑が結ばれる場所」。同名の曲が成田空港で流れている。
100年先にも残したい店を目指して


“日常”に寄り添うコーヒーを届けたいと語る。
髙橋氏がコーヒーに興味を抱いたのは、大好きなチョコレートと好相性な飲み物……というささやかなきっかけ。大学に通った吉祥寺には、こだわりの個人店が多く、自然とカフェ行脚をするように。チェーン店の多いニュータウンで育ったこともあり、いつかは地元で自分のカフェを営みたいという思いが胸中に灯る。進路を決める際、幸運にも曳舟の名店「Cafe Sucre」で社員の募集があり2011年に迷わずこの業界に飛びみ、初めてスペシャルティコーヒーの世界を知る。オーナーの楡井有子氏が淹れた一杯に心を動かされ、同じ豆を同じ条件で抽出した自分の一杯との味わいの差に戸惑う。マシーンと違い抽出の過程で味わいを調整できる方法がハンドドリップの魅力だと知り、そのスキルを徹底して磨く。


店内にさりげなく飾られたJHDC優勝の証。髙橋氏愛用の「kaico」も販売している。
周囲からのすすめで初めてJHDCに挑戦したのは2013年。決勝まで残るも惜しくも優勝を逃す。翌年も頂点に立つことはかなわず、スランプのまま迎えた2015年。大会へ向かう気持ちに迷いが生じているうちに関東大会の出場枠はすでに埋まってしまたものの、コーヒー豆のインポーターのサポートで大阪予選に出場。一人、夜行バスで会場へ向かい、予選を通過して見事その年、女性初のチャンピオンに輝いた。


店舗での豆の販売は6〜7種類。卸先のブレンドも合わせると常時10〜12種類を取り扱う。
6年の歳月を「Cafe Sucre」で過ごしたのち、「kaico」が手がけるカフェのオープンニングに参画。同時期に、焙煎のスキルアップを目指し、休日を返上して神戸の「LANDMEDA」へ通う。独立の機会を見計らっていた頃、学生時代のアルバイト先の先輩から、地元で新たな複合施設がオープンする話が舞い込む。それが、前出のノスタルジックな平家建てのカントリーハウス「つくしファームヴィレッジ」だった。フラワーショップとケーキ店は既に入居が決まっていたため、残る1枠にコーヒー店はうってつけ。すんなりと話がまとまったものの、開店のタイミングはコロナ禍の只中だった。そこで、カフェという形態ではなく、家時間を楽しんでもらえるように自家焙煎の豆の販売に力を注ぎ、コーヒーはテイクアウトをメインに展開。現在のスタイルが完成した。



1,2枚目:焙煎機は「どんな豆の個性も万能に焙煎できるから」という理由でFuji Royalの半熱風式を愛用。
3枚目:煙突の掃除も特殊なブラシでまめに行う。
今後の夢を伺うと、「ニュータウンには老舗がないため、100年続く店にしたい」と語る。この街の唯一無二の老舗であると同時に、誰かの日常の唯一無二の味わいを奏でたいと言葉を継いだ。


一児の母でもある髙橋氏。店に飾られている絵を見つめ、常連の子どもが描いてくれた自身と娘であることを語りながら相好を崩した。
◾️SHOP DATA
「muni coffee (ムニ コーヒー)」
Instagram:@muni_coffee
住所:千葉県白井市清戸719-4
電話:0474-04-8708
◾️COFFEE DATA
焙煎度合い: 中浅煎り〜中深煎り
焙煎機:「Fuji Royal」半熱風式3kg
グラインダー:みるっこ
抽出:ペーパー/コーノ
種類:ブレンド(2種類)、シングルオリジン(3種類)、デカフェ(1種類)
器:テイクアウトカップ