日本にはコーヒーの生豆から自家焙煎を探求し、その魅力を最大限に引き出す手段としてハンドドリップ方式を貫く珈琲店がある。そこで、気骨ある店主のコーヒー哲学もスパイスとなった、とっておきの一杯を巡る連載をお届けしたい。第6回は、横浜エリアへ。裏路地の大きな窓が目印の「Coffee and Baked Ura」を訪れ、こだわりの一杯と、マリアージュを奏でる焼き菓子を堪能した。

PROFILE
深浦哲也 (ふかうら てつや) 1988年生まれ、東京都出身。「Cafe Sucre」や「VERVE COFFEE ROASTERS」を経て、2023年10月1日のコーヒーの日に「Coffee and Baked Ura(うら)」をオープン。SCAJ認定コーヒーマイスター。SCAJ主催 によるハンドドリップ チャンピオンシップ(JHDC)2018で優勝。
飾らない日常を紡ぐ、自然体の一杯
ハンドドリップの面白さは、一杯のコーヒーに店主の人柄が立ち込めることにある。渾身の一滴を抽出する侍もいれば、会話をしながら軽やかに“すご技”を披露する侍もいる。今回ご紹介する「Coffee and Baked Ura」の深浦哲也さんは、さりげないパフォーマンスの中に凝縮された思いが詰まった後者のタイプ。

味のバランスを整えるために、サーバーをまわし撹拌することも美味しさに繋がるという。
店を構えたのは、東急東横線の東白楽駅から徒歩3分。エリアに住む人々が、駅との往来で通り抜ける裏路地に佇む。周囲には保育園も多く、子どもを連れた若い夫婦も自転車やバギーをひいて行き来する。開放的な窓と北欧ライクなブルーグレーのドア、ベンチの置かれたエクステリアなど、気取らない洒脱さに、思わず足を止める人も多いとか。「素敵な個人店が多く、私達が住み慣れた愛着のある街に店を持ちたかった」と店主の深浦さんは語る。「Coffee and Baked Ura」は、まさに彼が思い描いていた理想を映し出したようだ。


1枚目:「ドリップのライブ感を楽しんでほしい」という思いから作ったカウンター席
2枚目:バギーを引いた子ども連れの人もゆったりと過ごせるように、通路を広めに設計。妻の理恵さんのセンスで選んだ北欧のヴィンテージ家具がコージーな空間を演出
大学を卒業し楽器店に勤めた深浦さんが、この道を志したのは“カフェ・カルチャー”への興味から。鎌倉のカフェレストランにキッチンとして転職しながら、並行して別のカフェでも働くうちに、究極のコーヒーに気持ちが傾き出す。焙煎やハンドドリップの原点を学んだのは曳舟の名店「Cafe Sucre」でのこと。4年間コーヒーと向き合うなか、ハンドドリップ チャンピオンシップ(JHDC)2018で優勝する名誉を得る。さらに、異なるタイプの専門店でカフェのマネージメントを任される。満を持して自らの店を開業したのは2023年10月1日。国際コーヒーの日に「Coffee and Baked Ura」は幕を開けた。




ドア付近に設えた焙煎機は半熱風式の「Fuji Royal」。営業時間中に焙煎を始めると、店内は香り高いスモークに満ちる。
自家焙煎のコーヒーは“日常のコーヒー”がコンセプト。メニューを選ぶときにお客様が迷わないよう、ブレンドはハウスブレンドと季節のブレンドの2種類、シングルオリジンは浅煎り・中煎り・深煎りの3種類、それにデカフェを加えた6種類がベース。そのほか、コーヒー好きの常連のためにスポットで希少なシングルオリジンの豆も時折扱う。ハウスブレンドは、中煎りのブラジル産の豆が丸みを保ち、中浅煎りに煎ったエチオピア産ウォッシュドプロセスの豆がスッキリとした後味を誘う。
「うちのカップは大きめということもあり、苦味と酸味のバランスがよく、最後までスッキリと飲めることを心がけで焙煎しています」(深浦さん)


ドリッパーとカップはどちらも「ORIGAMI」。カフェカップはミントグリーン、ラテカップはベージュ。ドリッパーも同じ2色を使い分けている。
チャンピオンに輝いたハンドドリップのパフォーマンスは、冒頭のごとく一見何気ない。注ぎ始めはスピード感をもって豆にお湯を含ませ、その日の豆の状態や、常連の好みに応じて湯量や速度を微調整する。コーヒーは前半と後半で抽出される成分と濃度が異なるため、淹れ終えてから、サーバーの中で上下が対流するように撹拌。提供する前に、必ず味見をして答え合わせをするという。
「これまで重ねた経験値でストライクゾーンに入るとわかっていても、その時々で挽き目を変えたり、注ぐタイミング、速度、注ぐ場所を微調整しています」(深浦さん)
自分の方程式に驕らず、コーヒーと謙虚な対話を続けているからこそ、“いつでも美味しい一杯”に仕上がるのだろう。
街の風景となる、コーヒーと焼き菓子の“DUO”

揃いのエプロンもさりげなくデザインが施されて。「窓のアールにこだわりました」と語る妻・理恵さん
「Coffee and Baked Ura」は朝8時から常連を迎え、夕方以降は仕事帰りのお馴染みが顔を出せるように、19時まで扉を開けている。コーヒーもさることながら、妻・理恵さんの焼き菓子もお目当てのひとつ。理恵さんは、「パンとエスプレッソと」「Good People & Good Coffee」をはじめ「TINTO COFFEE」などで、コーヒーに加え焼き菓子の経験も積むこと約12年。常時5~6種類のケーキやクッキーがカウンターを飾る。



理恵さんの作る焼き菓子はリピーターが絶えない。3枚目は胡桃やバナナ、パイナップルをシナモンフレーバーで焼き込んだ「ハミングバード」。
さらに、ファミリー層も多い地域柄をふまえ、同店ではデカフェにも力を入れている。デカフェと聞くとコーヒー好きには無関係のように思えるが、「コーヒーが好き過ぎて1日に何杯も飲んでしまうお客様のなかには、家ではあえてデカフェ派という方もいらっしゃいます」と深浦さんは言う。
実はデカフェは通常のコーヒー豆よりも手間とコストを要する。たとえば、取材時に並んでいたデカフェはグアテマラで収穫され、マウンテンウォータープロセスでカフェインを抜く工程を踏むために、一旦メキシコへ送り、処理された豆を再び輸送。酸味が際立たないように、かといって苦味が強過ぎない中深煎りを目指す。ミルクとの相性も抜群で、授乳中の女性やアスリートからもオーダーが絶えないとか。

カルダモンやシナモン、ナツメグなどのスパイスが絶妙なハーモニーを奏でる「キャロットケーキ」。合わせたコーヒーは、コロンビア産のスイートベリーの深煎り。すっきりとした苦味の後に、甘さが追いかけてくる。
当連載では、取材を終えると耳目に響いたコーヒー豆を連れ帰ることが恒例となっているが、この日購入したのはデカフェである。コーヒー好きの痒い所に手が届くようなエピソードを聞いて、ときには我が身を思い遣る。家に戻り、やや濃い目に抽出し、まずはブラックで楽しむ。カフェインレスなのに、コクの深さが広がることに驚いた。多くを語らないのに、相手をハッとさせる──“深浦流”の軽やかなマジックを堪能した。



裏路地に洒脱な空気を運ぶ外観。友人が手がけたというイラスト入りのパッケージや看板は、スタイリッシュな夫妻のイメージそのもの。
◾️SHOP DATA
Coffee and Baked Ura (コーヒー&ベイクド ウラ)
住所:神奈川県横浜市神奈川区西神奈川3-1-2
電話:080-4158-5010
instagram:@coffeeandbakedura
◾️COFFEE DATA
焙煎度合い: 浅煎り〜深煎り
焙煎機:「Fuji Royal」半熱風式3kg
グラインダー:マールクーニック
抽出:ペーパー/ORIGAMI
種類:ブレンド(2種類)、シングルオリジン(3種類)、デカフェ(1種類)
器:ORIGAMI