【コーヒー侍の一杯を巡る旅】File2:G☆P COFFEE ROASTER 実 豪介さん

日本にはコーヒーの生豆から自家焙煎を探求し、その魅力を最大限に引き出す手段としてハンドドリップ方式を貫く珈琲店がある。そこで、気骨ある店主のコーヒー哲学もスパイスとなった、とっておきの一杯を巡る連載をお届けしたい。第2回は、昭和の喫茶文化を再解釈し、深煎りの極みで珈琲好きを魅力する「G☆P COFFEE ROASTER」。実 豪介さんが表現する焙煎に迫った。

実 豪介(じつ ごうすけ) 1991年兵庫県神戸生まれ。2017年7月に初台に「G☆P COFFEE ROASTER」1号店をオープン。2022年6月に2号店目となる江ノ島店をオープン

森羅万象に捧げる深煎りの路地裏喫茶

相棒の焙煎機はヴィンテージの1993年型の直火式「Fuji Royal103」

“It’s to know to see”という名言を残し、フィールドを駆け巡った昆虫学者アンリ・ファーブル。郊外のガレージを改装した焙煎所で、朝10時から夜20時まで、毎日ひたすら焙煎に向かうロースター、実 豪介さん。ジャンルこそ違えど、無我夢中で昆虫を追い求めたファーブルの逸話と、一日の大半をコーヒー豆の声を聞いて過ごす実さんの姿が不思議と重なった。浅煎りコーヒーに注目が集まる今の時代に、深煎りを自分のスタイルとして選択し、その“道”を邁進。まずは、その心境に至るまでの経緯から伺った。

オリジナルのロンTに記した“喫茶場”という言葉に“昭和”のムードが漂う。

高校を卒業し、“迷わず”進んだ道は、喫茶カルチャーだった。その深層心理には、祖母との喫茶店通いが礎にあると語る。「小学生の頃からバアちゃんに連れられて喫茶店に通っていた。特別な会話があるわけではないけれど、高校時代までそんなことが続いて……淡々と時間が流れているようで、いろんな人の人生模様が交差する “喫茶店”という場の空気感が心地よくて」(実さん)。19歳で地元のカフェで働きはじめ、サイフォンやネルドリップを扱う店でも働く経験を重ねるうちに、次第にコーヒーそのものへの興味が芽生えた。

硬派な昭和スタイルを秘めた実さん

上京するに際して実さんが行動したのは、自分の心が動いたカフェに手紙を添えた履歴書を送ることだ。「募集もしていないのに(笑)、写真で見て格好いいと思ったところに、10通くらい出しました」(実さん)。渾身のラブレターは縁が結ばれなかったものの、初台にある知人のレストラン「HOFF」で職を得た。また同時期に、横浜市青葉台にある自家焙煎の「ブルードアコーヒー」への紹介を受け、「店の開店前なら自由に焙煎機を使ってもいい」という前オーナーの好意で、コーヒー豆との対話をはじめる。早朝、都内の住まいから青葉台へ向かい、自分の実験的焙煎に没頭。昼間は店で扱う豆の焙煎を手伝い、夜は初台の「HOFF」で働くという暮らしを続けるうちに、目の下にはクマができるほどに。その風貌が孤高の天才ミュージシャン“プリンス”に似ていたことから、ついたニックネームが店名の由来でもある“ジプシー・プリンス”。2017年、初台にスタンド式の深煎りコーヒー専門店「G☆P COFFEE ROASTER」をオープンした。

高層ビルを仰ぐ初台の路地裏に構えた1号店 (写真提供:G☆P COFFEE ROASTER)

「コーヒーはマグカップではなく、カップ&ソーサーで楽しんでいただきたい」と、正統派喫茶店のスタイルを貫く (写真提供:G☆P COFFEE ROASTER)

初台の路地裏に看板を掲げた当初は、店内の半分を焙煎機が占めたためコーヒーはスタンド形式で提供していた。この仕事に向かった所以が喫茶店という“場”が好きだったことを顧みて、2021年に焙煎所を別に構え、店内の“場”づくりをはじめる。「コーヒー豆が今ほど上質ではなかった昭和の頃は、深煎りにすることで雑味を消してコーヒーの美点を味わった。深煎りにこだわるからには、そんな時代のムードを空間においても感じてほしい」(実さん)。釣り棚には旅先で集めたカップ&ソーサーが収められモンゴルの遊牧⺠のモノクロ写真のポスターが宙を見つめ、壁際には厳選されたレコードや愛読書が並ぶ。レトロな昭和の雰囲気と硬派なヒッピーカルチャーが溶け合った、実さんワールドが凝縮した空間がここに完成した。

カップ&ソーサーやインテリアの随所に昭和ノスタルジーが宿る (写真提供:G☆P COFFEE ROASTER)

「コーヒーは空気や水のように“生きる”ために必要なモノではないけれど、 “人生”になくてはならないモノ……その曖昧さが魅力」と語る実さん。コーヒーの味わい以上に、その “時間”を大切にしてほしいという。「たとえば初台の店で夕方の16時頃なら西陽が差し込むからアンビエントなレコードが似合う。宵どきにはジャズのボーカルの曲、すっかり暗くなったら浅川マキのレコードをかけたい」など、心地よい時間を満たすために音楽も大切な要素と考えている。さらに、しとしと降る雨の日、風が吹いて樹々が揺れている日、どしゃ降りの日など、自然の気配を感じてコーヒーを提案することも。「コーヒーは地球が生んだ、マジすげえ神聖な贈り物だから」。実さんにとって、コーヒーを軸に森羅万象へ心を寄せることは、もはや人生の一部なのだ。

インストを軸に、ジャズやソウル、レゲエまで、自分の焙煎に似合う音楽にもこだわる。開店から5周年を迎えた際には、有田焼の老舗である源右衛門窯で、コーヒーの実をイメージしたオリジナルのカップ&ソーサー(写真2枚目)を制作 (写真提供:G☆P COFFEE ROASTER)

2022年6月には2号目となる江ノ島店をオープン。抜け感のある水辺の立地では、太陽の光や風の音も空間作りの担い手に (写真提供:G☆P COFFEE ROASTER)

とことん硬派で“無邪気”な深煎りコーヒー

古式の焙煎機には、細心の火加減を要する

実さんが本格的な焙煎を学んだのは、上京して間もなく知り合った横浜市青葉台にある「ブルードアコーヒー」だ。通称“ブタ釜”と呼ばれる旧式の直火式焙煎機で深煎りの豆ばかりを焼くスタイルに惹かれ、「無償でいいので働かせて欲しい」と当時のオーナーに願い出た。本気の情熱は相手の心に真っ直ぐ届くのだろう、オーナーの作業の傍でハンドピックを手伝うようになる。正式に雇い入れてもらってからは、出勤時間前の2〜3時間を自分自身の焙煎の模索に費やした。

バイクのガレージを改装した現在の焙煎所。季節や気温に合わせて微調整を重ねた、その日その瞬間の焙煎プロファイルがランダムに壁に貼られている

独立に伴って実さんが手にした相棒は、約30年前の直火式の「Fuji Royal103」。車に喩えるなら、機嫌をうかがいながら乗りこなすマニュアル車のようなもの。ダンパーや炎を加減しながら毎回ブレないように焙煎する難しさは、思いのままに使いこなす喜びと背中合わせだ。マシーンのタイプにもよるが通例は15分でも充分に深煎りと呼ばれる焙煎の世界で、実さんは1回に2kgの生豆を約30分かけて煎る。「1秒が味の運命の分かれ目。早いと何かが足りないし、遅いと火が入りすぎてエグ味や雑味が出てしまう。余熱でも火が入るため、それも加味しなければならない」(実さん)。数をこなして経験を重ね、豆の声に耳を傾け続けるうちに「今だ!」という“1秒”のせめぎあいを、豆が教えてくれるようになったという。

相棒の焙煎機は1日8〜9時間フル稼働

「深煎りは直火式の焙煎をしてこそ、香りが立つ」と語り、1㎜単位で炎を加減

実さんの深煎りは、産地や豆の品種によって苦味と甘味のバランスは異なれど、コーヒーを淹れた時にキャラメルのような極めて濃密な“甘さ”が顕れることを理想とする。季節や気温、天候に基づいた過去のデータに頼り切らず、“今”という瞬間に思い描いたビジョンを実現するために、1㎜の炎を操り1秒に勝負を挑む。豆の色を読み、表情を見つめ、焙煎機のなかでハゼる音を感じる。また、定番はシングルオリジンで8〜10種類と決めているが、実際には常時20種類もの豆を扱う。それは、ただ生真面目に理想の焙煎だけを追い求めるのにとどまらず、意表をついた深煎りのギリギリの境界線に迫る実験的な“遊び”を行うため。こうして生まれたのが、「G☆P COFFEE ROASTER」の真髄ともいえる、限界まで丁寧に焙煎した一期一会 の“極深煎り”だ。

頻繁に豆のシワや色、膨らみなどを伺いながらタイミングを見計らう

煎上げ(焙煎終了)の瞬間には緊張感がはしる

煎り上げた豆は丁寧にハンドピックした後に、数日から2ヶ月ほどエイジングをすることで、一層の深みを増す。長い道のりを経て黒々と艶やめくコーヒー豆は、ペーパーフィルターとネルドリップを飲む人が選択して味わうことができる。すっきりと軽やかに深みを感じたい人にはペーパーを、コーヒーの油脂分までも存分に堪能したい人にはネルドリップをレコメンド。ここ最近は焙煎作業に徹し、店頭でコーヒーを淹れる機会がない実さんだが、コーヒーのまったりとした甘さを楽しむならネルドリップを勧めたいという。「ネルで淹れると、とことん深いのにちゃんと甘味という余白が生まれる。苦味と甘味が無限のループで広がる……宇宙みたいに」(実さん)。

最後に一杯のコーヒーで伝えたいことを尋ねると、「コーヒーは自分を見つめ直す時間、ということかな」と答えた。禅問答のような言葉の奥には、実さんが現在ハマっているという「空海」の世界観が礎にあるようだ。「空海の教えをちゃんと理解したら、もっと豆の声が聞こえ、もっともっと焙煎が研ぎ澄まされて、マジやばいコーヒーができそう」と語るその目に、邪気の無い光を感じた。初めて「G☆P COFFEE ROASTER」でコーヒーを飲んだ時、どこまでも深いのに不思議と澄んだ印象を受けたのは、“究極の無邪気”さが成せる技なのかもしれない。

ハンドピックは生豆の段階と焙煎後の二度にわたって行う。「こんなにハンドピックを徹底する人は他にいないと思う」という自負は、深く澄んだコーヒーの味にも顕れている

ネルドリップを丹念に準備する実さん、江ノ島店のオープン当初のショット。現在はイベントなどで実さんが淹れたコーヒーを飲むことができる (写真提供:G☆P COFFEE ROASTER)

◾️SHOP DATA
G☆P COFFEE ROASTER
ウェブサイト:https://gpcoffee.base.shop/
instagram:@gp_coffee_roaster

G☆P COFFEE ROASTER 初台店
住所:東京都渋谷区本町2-28-4
電話:080-5324-0548

G☆P COFFEE ROASTER 江ノ島店
住所:神奈川県藤沢市片瀬海岸113-8
電話:0466-65-0209

◾️COFFEE DATA
焙煎度合い:深煎り〜極深
焙煎機:「Fuji Royal103」1993年型/直火式
抽出:ネル/カリタ波佐見焼き
種類:シングルオリジン(8〜10種類)、ブレンド(ハウスブレンド/大正時代の喫茶店をイメージした浪漫ブレンド)
水:軟水
器:ヴィンテージやオリジナルのカップ&ソーサー

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Chika Okazumi

2002年よりフリーランスフォトグラファーとして開始。2010年~2017年までロサンゼルスと東京を拠点に活動。現在は、雑誌、広告、webマガジンなどで広く活動中。
Webサイト:https://www.chikaokazumi.net

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