渋谷駅から東急東横線・みなとみらい線で約30分。横浜は、首都圏のビジネスタウンでありながら非日常が味わえる、異国情緒と開放感いっぱいの街。この街がアートで満ち溢れる国際展「第8回横浜トリエンナーレ」が開催中だ。
マイルズ・グリーンバーグ《マルス》《ヤヌス》2022年。自らのパフォーマンスをスキャンし、そのデータをもとにつくられた彫刻作品。
「横浜トリエンナーレ」は、3年に1度開催される現代アートの国際展。国際的に活躍するアーティストだけでなく、国内外の新進アーティストにも光を当てて、世界最新のアートの動きを提示する芸術祭だ。
2001年にスタートし今回で第8回を迎えたこの芸術祭は、2000年にスタートした新潟県十日市市妻有のトリエンナーレ「大地の芸術祭」とともに、現在、日本のいたるところで開催されている「芸術祭」のなかで最も歴史が古い、草分け的存在といえる。
言葉のおさらいを少ししておこう。「トリエンナーレ」は3年ごとという意味で、「◯◯トリエンナーレ」といえば、その地域で3年ごとに行われる展覧会ということになる。2年ごとに行われる展覧会は「ビエンナーレ」と呼ばれる。「ヴェネツィア・ビエンナーレ」などが有名だ。加えて、さまざまなアーティストの作品が一堂に集められるイベントに「芸術祭」と「アートフェア」があるが、「芸術祭」は美術館だけでなく、開催される地域のさまざまな場所で展示が行われる展覧会で、作品を鑑賞するイベントを意味し、「アートフェア」は世界中のギャラリーが一堂に会する催しで、作品を鑑賞するだけでなく購入できるイベントを指す。
グランドギャラリー中央に展示された、ピッパ・ガーナー《ヒトの原型》2020年。半身ずつ合体した男性と女性の手には赤ちゃんが。
「第8回横浜トリエンナーレ」のメイン会場の一つとなる横浜美術館は、丹下健三の設計により1989年に開館し、大規模改修工事のため2021年から休館していたが、本展の開催に合わせてリニューアルオープンした。グランドギャラリーのガラス張りの天井の開閉式ルーバーが改修され、当初の丹下の構想どおり、季節に合わせて自然光が降り注ぐ大空間となった。
今回招聘されたアーティスティック・ディレクターは、アーティスト、キュレーターのリウ・ディンと、美術史家、キュレーターのキャロル・インホワ・ルーの、ともに北京を拠点に活動する2人。テーマは「野草:いま、ここで生きてる」。中国の小説家である魯迅(ろじん)が1927年に刊行した詩集『野草』に由来するという。
集合したアーティストたち。背後の映像作品は、ウクライナのアーティストグループ、オープングループによる《繰り返してください》2022年。ロシアのウクライナ侵攻により難民キャンプに逃れた人々が、ロシア軍による攻撃の音を口で再現する映像。その声が、グランドギャラリーに響いていた。
魯迅は、20世紀の中国に絶えず異議申し立てを続けた孤高の思想家でもあった。本展では、彼の思想、哲学をベースに、これまでの歴史にも目を向けながら、パンデミックや戦争、格差、分断など、あらゆる「生きづらさ」を抱えながら硬直している現代社会において表現されるアートが集められた。参加アーティストは93組にのぼり、そのうち日本初出展は31組、20組が新作を発表する。
その土地の素材や技術を使って人々が憩うための仮装空間をつくるヨアル・ナンゴ《ものに宿る魂の収穫/Ávnnastit》2024年。北欧の遊牧民、サーミ族の血を引くアーティスト。
両端が階段状になった2階グランドギャラリーの章テーマは、「いま、ここで生きてる」。立体作品や映像、インスタレーションなどが並ぶ。3階には7つのギャラリーがあり、「鏡との対話」、「わたしの解放」、「密林の火」、「流れと岩」、「苦悶の象徴」という章テーマが設けられ、写真や絵画、映像から立体作品、パフォーマンスまで、さまざまな媒体による表現を鑑賞することができる。
ギャラリー1「鏡との対話」より。両サイドのスカルのアニメーション作品はオズギュル・カー、正面のミラーにネオン菅で表現されたメッセージはラファエラ・クリスピーノ、奥の立体作品はアネタ・グシェコフスカ。
ミルタ・ファン・デル・マーク《恍惚とした存在》2024年。3月15日、16日に行われたアーティストによるパフォーマンスの様子。
上段は、1978年から91年まで、アメリカのタバコ「マルボロ」の広告のために西部のカウボーイを撮影したノーム・クレイセンの作品。下段はインド東部出身のトレイボーラン・リンド・マウロンによる、インドの村の暮らしを主題にした版画作品。
上の映像はトマス・ラファの《Video V65:極右主義者の難民反対デモ》2016年、下の立体作品はジョシュ・クライン《長年の勤務に感謝(ジョアン/弁護士)》2016年と《総仕上げ(トム/管理職)》2016年。
どの作品も、単に目で鑑賞するだけでも興味深いが、コンセプトやテーマをテキストで読んで理解してから観ると、さらに作品への理解が深まる。現代アートにおいては、目の前にある作品だけでなく、その作品が生み出された背景や、そのコンセプトをどう表現に昇華したのか、といったプロセスも大きな意味を持つからだ。また、隣り合わせに展示されている作品同士がどう関連づけられているのか、どのように調和し、お互いを高め合っているのかを考えることも、あなたに知的な喜びをもたらしてくれるだろう。
会場内の解説パネルはとても読みやすい。
ただ、膨大な作品が展示されているので、すべての作品に集中して鑑賞するのは難しい。だからといってすべてを流して観ることはおすすめしない。本展は、作家名や作品名とその紹介文に加えて、出身や活動拠点がとても見やすく掲示されているので、作品鑑賞のさまたげにはならないだろう。パッと見て、興味を惹かれた作品はじっくり鑑賞し、1つでも2つでも、心に残る作品やアーティストを心に刻んで帰りたい。その作品はもしかしたら、あなたの人生を変えるほど強烈なメッセージを放っているかもしれないのだ。それこそが、現代アートへの入り口となる。
旧第一銀行横浜支店と、道を隔てたBankART KAIKOでは「すべての河」をテーマに展示。旧第一銀行横浜支店のバルコニーでは、アーティスト・コレクティヴのSIDE COREによる、会期中にどんどん変化していく映像作品が。
展示は、横浜美術館だけではない。重厚な石造りの旧第一銀行横浜支店、BankART KAITO、クイーンズスクエア横浜、みなとみらい線元町・中華街駅連絡通路を会場に、「野草:いま、ここで生きてる」を大きなテーマとした展示が行われているのだ。
シャンデリアが下がるクラシックな旧第一銀行横浜支店内に展示された松本哉の作品(右)と、リャオ・シェンジェン&ホァン・イージェ(左)のインスタレーション。
加えて、「アートもりもり!」と題して、期間中の6月9日まで、横浜中のさまざまな場所でアート展示が行われる。「横浜トリエンナーレ」は、「芸術祭」のなかで最も歴史が古いだけでなく、規模も最大クラスなのだ。会場は、みなとみらい線新高島駅地下のBankART Station、京急線日ノ出町駅・黄金町の間の高架下や周辺、みなとみらい馬車道駅コンコース、横浜港に面した象の鼻テラス、横浜駅ルミネ内のニュウマン横浜、横浜マリンタワー等だ。
みなとみらい線馬車道駅コンコースに展示された石内都《絹の夢―silk threaded memories》。
つまり、横浜を散策したいと思ったときに思い浮かぶ場所やその近くに、必ずアートが展示されているという具合。アートに導かれながら歩いていると、江戸時代末期にいち早く世界に開かれた港町ならではの建物や商店などに出合うことになる。中華街での食べ歩きや、海を見ながらまったりする時間を挟みながら、横浜の街とアートに浸る1日を過ごそう。
第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」 会場:横浜美術館ほか 会期:3月15日〜6月9日 休館日:木曜日(ただし4月4日、5月2日、6月6日を除く) 開場時間:10:00〜18:00 *入場は開場の30分前まで。6月6日〜9日は20:00まで開場。 観覧料:一般2300円ほか。 Webサイト:https://www.yokohamatriennale.jp/2024/