ジェフ・ミルズ『THE TRIP -Enter The Black Hole-』 レビュー:未知の領域を探求するかつてない宇宙への旅

2024年4月1日の月曜日、ジェフ・ミルズによる舞台芸術作品『THE TRIP』のワールド・プレミアが行われた。この作品は『Enter The Black Hole』と題され、映像・音楽・舞台を融合させた総合舞台芸術作品として絶えず進化する芸術性を示した。

Photo by Yukitaka Amemiya

ジェフ・ミルズが東京で『THE TRIP -Enter The Black Hole-』を披露すると発表した際、期待が高まった。単に彼がテクノミュージックのレジェンドだからという事実だけでなく、「THE TRIP」が最後に公開された2016年からの8年の間に生まれた新たなテクノロジーが、本公演をどれほど進化させるのかという好奇心が膨らんだからだ。詳細が明らかになるにつれて、ショーのテーマや共同制作者が明らかになり、今回の公演も見逃せないコンセプチュアルな体験になることがわかった。

いざ宇宙の旅へ

4月1日の夜、多くの人々が歌舞伎町タワーの地下にあるZEROTOKYOに集まった。地下のメインフロアに向かう途中、ジェフ・ミルズが宇宙を漂ってショーの紹介をするコミックのようなパネルが展示されており、SFアドベンチャーの始まりを演出していた。

メインフロアに入る前のストーリーパネル。アメコミ風のイラストでは、ジェフ・ミルズがブラックホールに遭遇する前に宇宙の無とつながりについて熟考し、その先に何があるのか​​を確かめにいく様子が描かれている。

メインフロアでは、巨大なスクリーンに星空の映像が映し出され、スポットライトが会場を柔らかく照らし、テクノミュージックがバックグラウンドで流れていた。スポットライトと音楽が消え、一瞬の静寂のあと群衆から歓声が上がった。画面にブラックホールのイメージが現れると、音楽が会場を満たし、落合宏理によってデザインされたきらびやかな宇宙服をまとったジェフ・ミルズがステージに現れた。彼の後ろには60~70年代のレトロなSF映画のセットを思わせる大型のコンソールがあった。ジェフはマイクを手に、ブラックホールを通り抜けるこの旅について説明した。圧倒的な存在感で観客を科学技術のファンタジーに誘う。そして、サイドスクリーンのカウントダウンと共にショーは開幕した。

落合宏理によるデザインの宇宙服を着て登場したジェフ・ミルズ Photo by Yukitaka Amemiya

あらゆる感覚器官で”体感”する異世界

ジェフは、 サウンドミキサーのコンソールと思しきブロックに座り、船を指揮する船長のように観客に背を向けてショーを指揮した。この作品では、時間と空間のさまざまな場所を巡る旅が描かれ、さまざまな感情が呼び起こされる。この「ミッション」は5つの章に分かれており、ブラックホールの内部に入ったときに考えられる5つのシナリオを検証するものとなっている。

 1. Time in reverse (時間の逆行)
 2. Black hole as animal (生き物としてのブラックホール)
 3. Parallel reality (並行現実)
 4. Abstract time (抽象時間)
 5. Time stands still (時間の停止)
 https://www.thetrip.jp/mission

ジェフがこのショーのために作曲したオリジナルの楽曲を演奏し、COSMIC LABによるビジュアルがそれに応える。そして梅田宏明の振り付けによるダンスパフォーマンスや戸川純による語りや歌が入るなど、あらゆる手法でで未知のブラックホールを表現していた。同タイトルのデジタルアルバムとしてリリースされたサウンドトラックは、リスナーを宇宙の旅に浸らせる実験的なサウンドから、深夜に聴きたくなるようなテクノ曲まで多彩なラインナップとなっている。

ショーでは、レトロなSF映画を思わせるサウンドや幽玄な楽曲が催眠術のように没入感を高め、連動するサイケデリックなビジュアルが迫りくるブラックホールのイメージや幾何学的なフラクタル模様で空間を幻惑的に彩っていた。4人のダンサーはテーマを反映したコンテンポラリーダンスを披露し、時間の逆行や非線形などの概念を表現した。スポットライトの中で流れるように優雅な動きを見せたかと思えば突然硬直するなど見るものを強烈な引力で惹きつける表現は、ジェフ・ミルズのビジョンをその肉体に宿したかのようだった。
音と光と身体的な動きの組み合わせが、緊張、悲しみ、孤独、不安、さらには畏怖といった未知の領域に踏み込む際に感じるだろうさまざまな感情を引き起こした。

梅田宏明氏による振り付けを披露するダンサーたち Photo by Yukitaka Amemiya

陶酔と熱狂

章から章へと移り、コンセプチュアルなセグメントを経て、空間は前衛的な舞台芸術からパーティーへと移行する。ジェフ・ミルズがボードに立つと、オーディエンスはクラブシーンにふさわしい低音が響きわたるフロアで思い思いに体を動かした。クラブVJを彷彿とさせるシンクロしたビジュアルで、宇宙の旅からそのままZEROTOKYOに連れてこられたようだった。これらの曲はダンサブルでありながらテーマに即した宇宙的な要素もあり、会場のサウンドシステムによって強化された音が高揚感をもたらした。

Photo by Yukitaka Amemiya

ダンスパフォーマンスに加えて、ショーの際立った要素は戸川純の存在だ。この日は、ジェフの楽曲に彼女が詩を書き下ろした2曲を披露した。戸川がステージに登場するたびにオーディエンスから歓声が上がる。落合宏理がデザインしたドレスは、プリーツの入った大きなケープとベールのような透明な生地が印象的だった。ドラマチックな長い裾は、戸川がステージを滑走するたびにダンサーが下に入り衣装を持ち上げる。公演中はステージ中央に留まりながらも、その存在感は疑いようもなく、独特の歌声で会場を満たした。 「Contradiction」のパフォーマンスでは戸川がジェフの作品について語り、詩で観客を魅了し、「Hole」のパフォーマンスでは彼女の型破りなスタイルと弾むようなトラックが組み合わされていた。ショーのトーンはややシリアスだったものの、戸川の遊び心が他の要素と見事に調和していた。プロジェクションマッピングも使用され、背景の鮮やかなディスプレイでドレスを照らした。伝説的なアーティストをこのような形で見られることを誰が想像しただろう。ステージ上でのジェフ・ミルズと戸川純の奇跡のコラボレーションは、まばゆい視覚効果とともに畏怖の念を抱かせた瞬間だった。

ステージ上の戸川純とダンサー。ドレスに映像が投影されている。 Photo by Yukitaka Amemiya

プログラムの最後の30分間は、ジェフ・ミルズのファンやテクノ愛好家にとって最高の瞬間となった。ジェフは、緻密に構築された芸術作品から離れて、彼のシグネチャーであるRoland TR-909 (リズムコンポーザー)を出した。キャリア初期から彼はTR-909を作曲以外の用途に先駆けて取り入れ、楽器のようにDJセットアップに組み込んでいた。そしてその場でライブが繰り広げられ、ダンスフロアの熱狂は頂点に達した。TR-909を自身のサイドに置き、時折コンソールを調整しながら、即興でパターンを演奏し、ドラムサンプルやエフェクトをすべて即興でトリガーする。真に卓越した存在を目の当たりにした我々は、ビートに合わせて踊り、手を打ち、声をあげ、我を忘れるほどに陶酔した。最終セグメントは、ジェフ・ミルズをテクノの偉大な存在として確固たるものにしたエネルギッシュなパフォーマンスで締めくくられた。

Roland TR-909で演奏するジェフ・ミルズ Photo by Yukitaka Amemiya

ジェフ・ミルズはテクノのアイコンとして確固たる地位がありながら、ダンスフロアを超え、さまざまな媒体を通じて音楽の可能性を探求するアーティストでもある。彼の宇宙への好奇心は常に作品に表れており、今回の『THE TRIP -Enter The Black Hole-』でもその豊かなイマジネーションが現れている。優れたコラボレーターによるユニークな要素が組み込まれ、真に唯一無二の作品が誕生した。抽象的な世界感がさまざまな感情を呼び起こし、見るものに解釈の余地を与える。あらゆる表現を取り込み拡張し続けていくジェフ・ミルズの創造性とエネルギー量こそこのブラックホールの正体だ。

JEFF MILLS
『THE TRIP – ENTER THE BLACK HOLE』

■デジタル配信
https://lnk.to/JeffMills_TheTripEnterTheBlackHole

■アナログ版
- CD
2024年4月23日 国内リリース
全13曲収録 ※CDのみボーナストラックを1曲収録価格:¥2,700(税込)
国内流通販売リンク
https://lnk.to/JeffMills_TheTripEnterTheBlackHole_CD

- LP
2024年5月下旬リリース
全8曲収録
LP2枚組 / 帯・ライナー付き/数量限定スペシャル仕様
価格:¥7,700(税込)
国内流通販売リンク
https://lnk.to/JeffMills_TheTripEnterTheBlackHole_LP  

■マーチャンダイズ
THE TRIP オフィシャルグッズがECサイトより限定リリース
https://www.undergroundgallery.jp/

■The Trip Official Web Site
https://www.thetrip.jp

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Vince Lee

オーストラリア出身、東京在住。世界がどのように形作られているかに好奇心を持ち、過去や未来について考察を巡らせている。文化、音楽、自然に興味を持ち、レコードバー、美術館、海や山で時間を過ごすことを愛す。

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