DJとしてファッションシーンで活躍しながら、着物のプロデュースも手掛けるなど多彩な顔を持つマドモアゼル・ユリアさん。アートや建築にも精通したユリアさんが、お気に入りのスポットを訪ね、その場面と響き合う着物のコーディネートを語る連載。第10回は、登録有形文化財の建物で営むジュエリー店「CASUCA HISTORIA」。およそ大正期の擬洋風建物の面影を礎に、新たな息吹を吹き込んだジュエリー店のオーナーの美学が凝縮した空間に、ユリアさんも心躍るひとときを過ごした。

パステルトーンにリノベーションされた空間は、クラシカルな英国のサロンのよう。
路地裏で見つけた隠れ家のような擬洋風建築

「CASUCA HISTORIA」を訪れたのは初冬の昼下がり。ユリアさんが纏うコートは、ご自身がデザインに携わった「KOTOWA」の[duo coat]の新作。深いダークブラウンのカシミヤも、クラシックな建物と響き合うよう。
明治期に、日本では西洋建築を模した擬洋風建築が階級層の間で人気を博した。洋風建築ではなく、あえて“擬洋風”と表現するのは、デザインは西洋式でありながら、木造の骨組みを礎とし、ディテールに日本の匠の技が散りばめられているため。今回、ユリアさんが訪れたのは、昭和初期に鎌倉に建てられたものを、目黒へ移築した建物。この地で90年以上の時間を重ね、現在は目黒区の登録有形文化財に指定されている由緒ある場所となる。「明治から昭和初期という時代は、建物でも着物でも躍動する時代の個性が光り、とりわけ心惹かれます」と語るユリアさん。弾む気持ちで「CASUCA HISTORIA」の扉を開いた。


瀟洒な建物の雰囲気に合わせ、アンティーク調の看板をさりげなく掲げて。

「CASUCA HISTORIA」をプロデュースし、ジュエリーのデザインも手がけるスタイリストの安野ともこさん。
オリーブグリーンのタイルを腰張りしたエントランスの先は、天井の高い玄関のホールに。見上げると建物が産声をあげた当初から下げられたペンダントライトが、柔らかな光で空間を照らしている。「乳白ガラスの擦りガラスのシェードに、昭和の和洋折衷の面影を感じますね」と、ユリアさんは古き良き時代に心を寄せる。この館が幕開けた際の家主は、第一次世界大戦に従事した軍医だったという。目黒に建物が移築されてからも医院を営んでおり、広い玄関ホールや間取りからも、どこか一般的な住宅とは異なる佇まいが感じられる。さらに、その設計は前田侯爵邸の設計に携わった人物が手がけたとも伝えられている。


微に入り細に入り建物を見つめると、その美学に引き寄せられるよう。
そんな由緒ある建物に新たな命を吹き込んだのが、CMやTVドラマ、数多くの映画や舞台作品のスタイリングを手がける安野ともこさんだ。自身が手がけるブランド「CASUCA」の移転を思案していた頃、この館と巡り合う。時代を経てもなお磨き抜かれた気配が宿る空間に心惹かれ、この地での再スタートを決意。建物へのオマージュを込め、店名を「CASUCA HISTORIA」として、2024年6月に幕開けた。



大理石のマントルピースにまでアールデコ調のモダンなレリーフが装飾され、ユリアさんも視線を引き寄せられて。
整い磨き込まれたものやゴージャスさよりも、大輪の花の隣で密かに咲く野の花や王道から少し外れた半端で傷ついたものに心が動くという安野さん。“微か”に輝く存在をブランド名に込めたいと思い、“カスカ”という音の響きでスペイン語の辞書を手繰ると、“CASUCA”は“荒屋”を意味することを知る。
「荒屋という言葉から、子供の頃に近所の廃墟に友人と宝物を隠して遊んだ思い出に、ふわりと光が差し込みました。それは人間も同じで、傷を負って辛い思いをした人ほど優しくなれるもの。誰もが多かれ少なかれ抱えて生きている心の“傷”を、輝きとしてジュエリーで表現したいと思いました」と安野さん。身体に傷を負った人々が訪れた医院としての館の物語と、心の傷をジュエリーという輝きへと変えて纏う「CASUCA」の哲学が、この空間で時を超えて静かに溶け合うようだ。




1枚目:鏡越しに部屋を見つめると、有し日の時代にタイムスリップするよう。
2枚目:アンティーク調に誂えたジュエリーケースも、このサロンのためにあ誂えたような佇まいを醸す。
3枚目:バーガンディー色のカーテンやステンドグラスにも品格が宿る。
4枚目:建物のイメージに合わせて安野さんが新たに設えたステンドグラス。


1枚目:庭には「CASUCA」を立ち上げた当時からの店舗の扉がオブジェのように置かれて。
2枚目:ペールカラーの壁は、イギリスの邸宅をイメージして新たに彩られた。
医院だった建物の物語に寄り添うクリーンな白



当時の風情をそのままに残すサロンにて優雅な時間に浸るユリアさん。季節の気配を帯留めに込め、建物の時代から想起したモチーフを簪に映して。
この日のために、ユリアさんが選んだ着物は立涌文様を織りと刺繍で表現した乳白色の一枚。「医院だった場所と聞いて、クリーンな装いを心がけました。合わせた帯は、川島織物の明治期の図案を再解釈しながら私がプロデュースした花苑遊鳥文(かえんゆうちょうもん)の名古屋帯です。歴史ある建物を今という時代と響き合うようにリデザインした、ジュエリー店の思いも汲み取りながらコーディネートしました」(ユリアさん)。建物を訪れたのは11月、暦の上では冬を迎えたことから南天の帯留めをアクセントに。髪にはアールデコ調のべっ甲の簪を挿し、昭和初期の建物へのオマージュを表現した。

遠目には無地のようにみえる乳白色のクリーンな着物は、ふとした仕草で光を受け、織りと刺繍を駆使した立涌文様が華やかに浮かび上がる。アンティークの帯留めや簪も建物へのオマージュに満ちて。
ジュエリーケースに並ぶ帯留めに視線を留めるユリアさんに、安野さんがお見立てしたのはブルーブッシュという品種のアカシアの木から想起した帯留め。「この木は、以前CASUCAがあった表参道のシンボルツリーでした。場所は移れども、私たちを見守り続けてくれた木へのオマージュとしてデザインしました」と安野さん。ユリアさんがプロデュースした花苑遊鳥文に新たな植物の輝きが加わった。


数ある帯留めから、安野さんがユリアさんのために選んだのは、ブルーブッシュ・モチーフの帯留め。

MADEMOISELLE YULIA
(マドモアゼル・ユリア)
10 代から DJ 兼シンガーとして活動を開始。DJ のほか、着物のスタイリングや着物 教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活躍中。2023年には友人と着物ライフをお洒落に彩るブランド【KOTOWA】を立ち上げる。YOUTUBE チャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
OFFICIAL SITE :https://yulia.tokyo
Instagram : @MADEMOISELLE_YULIA
◾️今回訪れた場所はこちら
CASUCA HISTORIA
住所:東京都目黒区目黒3-12-11
電話:03-6452-3196
ウェブサイト:https://casuca.jp/
◾️ユリアさんの書籍が上梓
DJ、きものスタイリストとして活動するマドモアゼル・ユリアが、音楽やファッションの世界で培った感覚をもとに学びを重ね、見つめ直した“きもの”の世界。柄や色合わせ、髪、小物──そのひとつひとつに、日々を心地よく彩る美しさが息づいている。ページをめくるうちに、あなたもきっと“きもののとりこ”に。
『きもののとりこ』 (世界文化社刊)
マドモアゼル・ユリア著
税込2970円 (12月9日発売予定)
